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マクスウェルの悪魔 ― 熱力学の第二法則は破れるのか

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アニメモ公式
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第1版
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コマ
全19

温度 T のガスが入った箱に、穴の空いた仕切り板と、分子の速さを見分けて扉を開け閉めする小さな悪魔を置くと、何が起きるのか。速い分子は左へ、遅い分子は右へより分けられ、温度差と圧力差が生まれ、仕事が取り出せてしまう――第二種永久機関のように見えるこの思考実験を、分子が動く図で順に追い、情報を消すコストがこの矛盾を解くことまでを説明します。

マクスウェルの悪魔とは

マクスウェルの悪魔は、物理学者マクスウェル(J. C. Maxwell)が考えた思考実験に出てくる、仮想的な悪魔です。

思考実験とは、実際に装置を作るのではなく、「もしこういうことができたら、何が起きるか」を頭の中で筋道立てて考える実験のことです。

この悪魔は、熱力学の第二法則を破ってしまうように見えます。第二法則は物理学の中でも特に強く信じられている法則なので、もし本当に破れるなら大事件です。

この作品では、悪魔が何をするのか、なぜ第二法則が破れるように見えるのか、そして「どこがおかしいのか」を、図の中の分子を動かしながら順に見ていきます。

図は、仕切り板で左右に分けた箱と、その中を飛び交うガスの分子です。赤い粒が速い分子、青い粒が遅い分子です。仕切り板の穴のそばにいるのが、悪魔です。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 1 / 19
  • マクスウェルの悪魔とは
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • マクスウェル(J. C. Maxwell)
  • 19世紀の物理学者が考えた思考実験に
  • 出てくる、仮想的な悪魔。
  • この悪魔がいると、
  • 熱力学の第二法則が破れてしまう。
  • ロボット
  • どこがおかしいのかを、順に見ていく。
  • 悪魔
  • ひらめき
  • 熱力学の第二法則を破ってしまう(ように見える)、思考実験の中の小さな悪魔。

先に:熱力学の第二法則とは

悪魔の話に入る前に、悪魔が破ってしまう熱力学の第二法則を、ざっくり確認しておきます。

身の回りでは、熱いお茶は放っておくと冷めます。冷たい水は、部屋に置いておけばぬるくなります。熱は、熱いほうから冷たいほうへ流れます。

逆はどうでしょうか。ぬるい水が、勝手に「熱い部分」と「冷たい部分」に分かれることはありません。第二法則は、この「逆向きは勝手には起きない」ということを言っています。

この法則から導かれる大事な結論が、「1つの温度の熱だけから、仕事を取り出し続ける機械は作れない」です。ここで仕事とは、重りを持ち上げたり、車輪を回したりする、力で物を動かすことです。

もしそんな機械があれば、周りの空気や海の熱だけで永遠に動き続けられます。この夢の機械を第二種永久機関と呼びます。第二法則は、第二種永久機関は作れない、と言っています。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 2 / 19
  • 先に:熱力学の第二法則とは
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • 第二法則(ざっくり)
  • 熱いお茶は冷め、冷たい水はぬるくなる。
  • ぬるい水が勝手に、熱い部分と
  • 冷たい部分に分かれることはない。
  • だから、1つの温度の熱だけから
  • 仕事を取り出し続ける機械は作れない。
  • この機械を「第二種永久機関」と呼ぶ。第二法則は「それは作れない」と言っている
  • ひらめき
  • 熱は、放っておけば熱いほうから冷たいほうへしか流れない。逆向きは勝手には起きない。

温度 T のガスが入った箱と、穴の空いた仕切り板

では、思考実験の設定です。

温度 T のガスが入った箱があるとします。この箱の真ん中に、穴の空いた仕切り板が差し込まれています。

穴はとても小さく、ガスの分子1つがやっと通れるくらいの大きさだとします。

仕切り板を入れた直後は、左の部屋も右の部屋も、同じ温度 T のガスが入っているだけです。分子はあちこちに飛び回っていて、たまたま穴に来た分子は、穴を通って反対側の部屋に移ることもあります。

図の左右の部屋には、赤い粒(速い分子)と青い粒(遅い分子)が、どちらにも混ざっています。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 3 / 19
  • 温度 T のガスが入った箱と、穴の空いた仕切り板
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • 設定
  • 箱全体に、温度 T のガスが入っている。
  • 真ん中に仕切り板を差し込む。
  • 仕切り板には小さな穴が1つ。
  • 最初は、左右どちらも同じ温度 T。
  • 分子1つが通れる穴
  • ひらめき
  • 箱の真ん中に仕切り板。板の穴は、ガスの分子1つがやっと通れるくらいの大きさ。

穴の横にスイッチ:押すと穴を閉じたり開いたりできる

さらに、穴の横にはスイッチがあり、それを押すと穴を閉じたり開いたりすることができるとします。

図では、穴をふさぐ小さな扉を黄色で描きました。いまは閉じています。スイッチを押すと扉が横に退いて、穴が開きます。

ここで大事なのは、扉はとても小さく軽いものだと考える点です。扉を開け閉めすること自体には、ほとんどエネルギーがかからないとします。「扉を動かすのに力を使ったから」という理由では、この後に出てくる矛盾は解けません。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 4 / 19
  • 穴の横にスイッチ:押すと穴を閉じたり開いたりできる
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • 設定
  • スイッチ
  • 押すと穴の扉が開く/閉じる
  • 黄色い小さな板が、穴の扉。
  • いまは閉じている。
  • ひらめき
  • 穴には小さな扉が付いていて、スイッチ1つで開け閉めできる。

ガスの中には、いろいろな速さの分子が飛び交っている

統計力学(たくさんの分子のふるまいを、確率を使って扱う物理学)によると、ガスの分子の質量を m、温度を T とすると、そのガスの中では、様々な速さ v の分子が

\exp\left(-\frac{mv^2}{2k_BT}\right)

に比例する確率で存在していることがわかります。k_B はボルツマン定数という決まった数、\exp は e(約2.718)のべき乗です。

図の右の山がこの形です。山のてっぺんが v = 0 で、そこから離れるほど(速くなるほど)数が減っていきます。ここでの v は、ある1つの向き(たとえば左右)の速さで、右向きならプラス、左向きならマイナスと考えます。

これは、v = 0 のまわりで、様々な速さのガス分子が飛び交っているということです。つまり、同じ温度 T のガスの中にも、速いガス分子もあれば、遅いガス分子もあるのです。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 5 / 19
  • ガスの中には、いろいろな速さの分子が飛び交っている
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • 速さの分かれ方
  • \boldsymbol{\exp\left(-\dfrac{mv^2}{2k_BT}\right)}\ \textbf{に比例}
  • 速い
  • 遅い
  • 速い
  • \boldsymbol{v = 0}
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • \textbf{統計力学:速さ }\boldsymbol{v}\textbf{ の分子は }\boldsymbol{e^{-mv^2/2k_BT}}\textbf{ に比例する割合でいる。速いのも遅いのもいる。}

温度とは、分子の動きの激しさ

少し補足します。ガスの温度とは、ガスの分子がどれくらい激しく動いているかの、平均のことです。速い分子が多いほど温度は高く、遅い分子が多いほど温度は低くなります。

図の分子は、震え方で速さを表しています。赤い速い分子は激しく、青い遅い分子はゆっくり震えています。

いまは、左の部屋にも右の部屋にも、赤と青が同じように混ざっています。だから、左右の温度はどちらも同じ T です。

では、この混ざり具合を、誰かが意図的に偏らせることができたらどうなるでしょうか。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 6 / 19
  • 温度とは、分子の動きの激しさ
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • 温度と分子
  • 図の分子は、速いもの(赤)は激しく、
  • 遅いもの(青)はゆっくり震えている。
  • 温度は、分子の平均の激しさのこと。
  • 左右どちらにも赤と青が混ざっている
  • ので、左右の温度は同じ T。
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • 速い分子が多いほど温度が高い。いまは左右とも同じように混ざっていて、温度はどちらも T。

穴の近くに、小さな悪魔がいたとする

ここで、仕切り板の穴の近くに小さな悪魔がいたとします。

この悪魔は、穴に近づいてくる分子の速さを見分けることができ、スイッチを押して扉を開け閉めできます。悪魔は次のルールで扉を操作します。

分子がどちらから来たか速さ悪魔がすること
右から速い穴を通し、左側に移動させる
右から遅い通さない(扉を閉じたまま)
左から遅い穴を通し、右側に移動させる
左から速い通さない(扉を閉じたまま)

つまり、悪魔は「右側から来た分子は速いものだけ穴を通して左側に移動させ、左側から来た分子は遅いものだけ穴を通して右側に移動させる」とします。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 7 / 19
  • 穴の近くに、小さな悪魔がいたとする
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • 悪魔のルール
  • 右から来た分子は、
  • 速いものだけ穴を通して左へ。
  • 左から来た分子は、
  • 遅いものだけ穴を通して右へ。
  • ロボット
  • それ以外のときは、扉を閉じておく。
  • 悪魔
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • 悪魔は、穴に近づいてくる分子の速さを見分けて、スイッチを押せる。

右から速い分子が来た:扉を開けて、左へ通す

右の部屋から、速い分子(赤)が穴に近づいてきました。

悪魔はその速さを見て、「速い」と判断します。ルールどおり、スイッチを押して扉を開けます。速い分子は穴を通って、左の部屋へ移ります。

これで、右の部屋からは速い分子が1つ減り、左の部屋には速い分子が1つ増えました。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
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  • 右から速い分子が来た:扉を開けて、左へ通す
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • 右から来た → 速い
  • 速い分子なので、通す。
  • 右の部屋から速い分子が1つ減り、
  • 左の部屋に1つ増える。
  • ロボット
  • 悪魔
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • 悪魔は速さを見て、扉を開ける。速い分子は右の部屋から左の部屋へ移る。

左から遅い分子が来た:扉を開けて、右へ通す

次に、左の部屋から、遅い分子(青)が穴に近づいてきました。

悪魔は「遅い」と判断し、扉を開けます。遅い分子は穴を通って、右の部屋へ移ります。

左の部屋からは遅い分子が1つ減り、右の部屋には遅い分子が1つ増えました。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 9 / 19
  • 左から遅い分子が来た:扉を開けて、右へ通す
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • 左から来た → 遅い
  • 遅い分子なので、通す。
  • 左の部屋から遅い分子が1つ減り、
  • 右の部屋に1つ増える。
  • ロボット
  • 悪魔
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • 今度は左から遅い分子。これも通す。遅い分子は左の部屋から右の部屋へ移る。

右から遅い分子が来たら:扉を閉じたまま、はね返す

では、右の部屋から遅い分子が来たらどうするか。ルールに合わないので、悪魔は扉を閉じたままにします。分子は扉に当たってはね返り、右の部屋に残ります。

同じように、左の部屋から速い分子が来たときも、扉は閉じたままです。

悪魔は、分子が穴に来るたびにこの判断を繰り返します。1回1回の移動はわずかでも、何度も繰り返せば、左右の部屋の中身は少しずつ偏っていきます。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
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  • 右から遅い分子が来たら:扉を閉じたまま、はね返す
  • 左の部屋
  • 右の部屋
  • 右から来た → 遅い
  • 遅い分子なので、通さない。
  • 左から来た速い分子も同じく通さない。
  • 悪魔はこれを、ひたすら繰り返す。
  • ロボット
  • 悪魔
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • ルールに合わない分子は通さない。扉に当たって、元の部屋に戻る。

次第に、左には速い分子、右には遅い分子が集まる

悪魔がこれを続けると、次第に右側には比較的遅い分子だけが残り、左側には速く動くガス分子が集まることになります。

図では、赤い分子が左に、青い分子が右に集まりました。

温度は分子の動きの激しさでした。速い分子が集まった左の部屋は熱く、遅い分子が残った右の部屋は冷たくなります。すなわち、右側の温度を T_R、左側の温度を T_L とすると、

T_R < T_L

となることを意味します。

最初は左右とも同じ温度 T でした。悪魔は分子を押したり叩いたりしていません。見分けて、扉を開け閉めしただけです。それなのに、熱い部屋と冷たい部屋が勝手にできてしまいました。これは「ぬるい水が勝手に熱い部分と冷たい部分に分かれる」ことと同じで、すでに第二法則とぶつかっています。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 11 / 19
  • 次第に、左には速い分子、右には遅い分子が集まる
  • \textbf{左:温度 }\boldsymbol{T_L}\textbf{(熱い)}
  • \textbf{右:温度 }\boldsymbol{T_R}\textbf{(冷たい)}
  • \boldsymbol{T_R < T_L}
  • \textbf{左の温度 }\boldsymbol{T_L}\textbf{、右の温度 }\boldsymbol{T_R}\textbf{ とすると、}
  • \boldsymbol{T_R < T_L}\textbf{ になる。}
  • 最初は同じ温度 T だったのに、
  • 悪魔が見分けて扉を開け閉めしただけで、
  • ロボット
  • 熱い部屋と冷たい部屋ができた。
  • 悪魔
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • \textbf{左の部屋は熱く、右の部屋は冷たくなる。}\boldsymbol{T_R < T_L}\textbf{。温度の差が勝手にできてしまった。}

温度の差は、圧力の差になる

さらに話を進めます。

気体の圧力・体積・温度の関係を表す理想気体の状態方程式(pV = Nk_BT。p は圧力、V は体積、N は分子の数)を用いると、温度が高いほど圧力が高くなります。温度が高いと分子が激しく動き、壁を強く叩くからです。

T_R < T_L なので、

p_R < p_L

です。左の部屋のほうが圧力が高いので、仕切り板は左から強く押され、右側の部屋の方向に力

F = (p_L - p_R)S

が働きます。S は仕切り板の面積です。図の太い矢印がこの力です。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 12 / 19
  • 温度の差は、圧力の差になる
  • \textbf{左:温度 }\boldsymbol{T_L}\textbf{(熱い)}
  • \textbf{右:温度 }\boldsymbol{T_R}\textbf{(冷たい)}
  • \boldsymbol{F = (p_L - p_R)S}
  • \textbf{状態方程式}\quad \boldsymbol{pV = Nk_BT}
  • 同じ体積なら、温度が高いほど
  • 分子が壁を強く叩き、圧力が高い。
  • \boldsymbol{T_R < T_L}\textbf{ なので }\boldsymbol{p_R < p_L}\textbf{。}
  • 左から押す力のほうが強く、
  • ロボット
  • 仕切り板は右へ押される。
  • 悪魔
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • \textbf{理想気体の状態方程式から }\boldsymbol{p_R < p_L}\textbf{。仕切り板には右向きに力 }\boldsymbol{F = (p_L - p_R)S}\textbf{ がかかる。}

仕切り板を滑らせて紐をつなぐと、重りを持ち上げられる

この状態で、仕切り板を滑らせられるようにし、そこに適当な紐などをつけるとします。

仕切り板は力 F で右へ動きます。紐を滑車にかけて先に重りをつないでおけば、仕切り板が動くのにつれて、重りが持ち上がります。図では、仕切り板が右へ滑り、緑の重りが上がっていきます。

つまり、F に仕事をさせることができます。

ここで何が起きたかを整理すると、元はと言えば、温度 T のガスが持っていた熱(分子の動き)です。それが、重りを持ち上げるという仕事に変わりました。

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  • 13 / 19
  • 仕切り板を滑らせて紐をつなぐと、重りを持ち上げられる
  • \boldsymbol{F = (p_L - p_R)S}
  • 荷物
  • 熱(分子の動き)が、
  • 重りを持ち上げる仕事に
  • 重り
  • 変わった。
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • 力 F が仕切り板を動かし、紐の先の重りを持ち上げる。F に仕事をさせたことになる。

熱を仕事に変えた。これは第二種永久機関になってしまう

これは、熱を仕事に変換していて、第二種永久機関をつくったことになるため、ここまでの話でどこかがおかしいわけです。

振り返ると、最初にあったのは、温度 T のガスが入った箱1つだけでした。外から熱いものや冷たいものを持ってきてはいません。そこに悪魔を置いて、扉を開け閉めさせただけで、仕事が取り出せてしまいました。

仕事で重りを持ち上げると、ガスはその分だけエネルギーを失って少し冷えます。でも、周りの空気から熱をもらえば、また同じことができます。これを繰り返せば、周りの熱だけで動き続ける機械、第二種永久機関の完成です。

第二法則は、そんな機械は作れないと言っていました。では、この思考実験のどこが間違っているのでしょうか。扉は軽く、開け閉めにエネルギーはほとんど要らないとしました。だとすると、見落としているのは悪魔そのものです。

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  • 熱を仕事に変えた。これは第二種永久機関になってしまう
  • \textbf{左:温度 }\boldsymbol{T_L}\textbf{(熱い)}
  • \textbf{右:温度 }\boldsymbol{T_R}\textbf{(冷たい)}
  • おかしい
  • 注意
  • 最初は温度 T の箱1つだけだった。
  • そこから悪魔がより分けただけで、
  • 仕事が取り出せてしまった。
  • これを繰り返せば、第二種永久機関。
  • ロボット
  • 第二法則は「作れない」と言っていた。
  • 悪魔
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • 温度 T の熱だけから仕事を取り出した。第二法則に反する。ここまでの話のどこかがおかしい。

悪魔は何をしていたか:見て、覚えて、判断していた

悪魔がしていたことを、もう一度細かく見てみます。

順番悪魔がしていること
1穴に近づく分子の速さを測る(速い?遅い?)
2その結果を、自分の記憶に書き込む(たとえば、速い=1、遅い=0)
3記憶に従って、扉を操作する

悪魔は、分子についての情報を集め、それを覚え、それを使って判断していました。

近年このギャップを埋めるのに、情報理論が有効であることが示されました。 「情報を扱うこと」そのものにも、物理的なコストがかかる、という考え方です。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 15 / 19
  • 悪魔は何をしていたか:見て、覚えて、判断していた
  • \textbf{左:温度 }\boldsymbol{T_L}\textbf{(熱い)}
  • \textbf{右:温度 }\boldsymbol{T_R}\textbf{(冷たい)}
  • 見る
  • 測る
  • 近づく分子は速い?遅い?
  • ディスク
  • 覚える
  • 結果を記憶に書き込む(0 か 1)
  • ロボット
  • 設定
  • 操作する
  • 悪魔
  • 記憶に従って扉を開け閉め
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • 悪魔は分子の速さを「測り」、その結果を「覚えて」扉を操作する。つまり情報を扱っている。

記憶はいつか消さなければならない。消すと熱が出る

悪魔の記憶は、無限に大きくはありません。分子を1つ見分けるたびに、記憶に1つ書き込みます。これを続ければ、記憶はいつかいっぱいになります。悪魔が仕事を続けるには、古い記憶を消して空ける必要があります。

ここで効いてくるのが、1961年にランダウアーが示した考え方(ランダウアーの原理)です。

記憶を1ビット消すごとに、最低でも

k_BT \ln 2

の熱が外に出る。

ビットとは、0 か 1 かの情報1つ分のことです。

この熱まで勘定に入れると、悪魔が分子をより分けて取り出せる仕事よりも、記憶を消すときに捨てる熱のほうが大きく(少なくとも同じに)なります。差し引きで、ガスの熱だけから仕事を取り出したことにはならず、第二法則は破れていなかったことになります。

ここで説明したのは考え方の骨組みです。「測ること」と「消すこと」のどちらにコストを払うのかといった細部は、研究の中で議論されてきました。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
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  • 記憶はいつか消さなければならない。消すと熱が出る
  • \textbf{左:温度 }\boldsymbol{T_L}\textbf{(熱い)}
  • \textbf{右:温度 }\boldsymbol{T_R}\textbf{(冷たい)}
  • ディスク
  • 悪魔の記憶はいっぱいになる
  • 続けるには、消して空ける必要がある
  • 電気
  • 消すと、熱が出る
  • \textbf{1ビットごとに最低 }\boldsymbol{k_BT\ln 2}
  • ロボット
  • この熱まで数に入れると、
  • 悪魔
  • 取り出した仕事より多くの熱が捨てられ、
  • 第二法則は破れていなかったことになる。
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • \textbf{ランダウアーの原理:1ビットを消すごとに、最低 }\boldsymbol{k_BT\ln 2}\textbf{ の熱が出る。ここで帳尻が合う。}

情報理論がギャップを埋めた

マクスウェルの悪魔の謎は、約100年かけて解かれてきました。

年人考えたこと
1867年ごろマクスウェル悪魔の思考実験を考える
1929年シラード分子1つだけの悪魔を考え、「測ること」と熱の関係を論じる
1961年ランダウアー情報を消すと、最低限の熱が出ることを示す
1982年ベネット悪魔が必ず払わなければならないコストは、記憶を消すときにあると整理する
2010年代実験情報を使って仕事を取り出す実験や、1ビットを消すときの熱を測る実験が行われる

こうした研究から、情報と熱の関係を扱う情報熱力学という分野が育ちました。

悪魔の答えを一言でいえば、「情報はタダではない」です。分子をより分けるには情報が要り、情報を扱い続けるには熱を捨てる必要がある。そう考えると、第二法則と悪魔は両立します。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 17 / 19
  • 情報理論がギャップを埋めた
  • 悪魔の謎は約100年かけて解かれ、情報と熱をつなぐ「情報熱力学」という分野になった
  • 1867
  • 1929
  • 1961
  • 1982
  • 2010年代
  • マクスウェル
  • シラード
  • ランダウアー
  • ベネット
  • 実験
  • 悪魔の思考実験
  • 1分子の悪魔。測ることと熱をつなぐ
  • 情報を消すと熱が出る
  • コストは「消す」ときに払う
  • 情報を仕事に変える・消す熱を測る
  • ひらめき
  • 「情報を扱うことにも、物理的なコストがかかる」。これがマクスウェルの悪魔への答え。

物理と情報は、深くつながっている

このように、理論物理学の様々な場面で、情報理論との関連が意識されるようになってきました。

重力理論の研究で有名なホイーラー(J. Wheeler)は、“it from bit”「物理的実体は情報から生まれる」とさえ言っています。

マクスウェルの悪魔は、「熱」という物理の話と、「情報」という一見まったく別の話が、実は同じ物差しで測れることを教えてくれる例です。温度、エネルギー、そしてビット。これらをつなげて考えることが、現代の物理学の大事な視点の1つになっています。

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  • 物理と情報は、深くつながっている
  • \textbf{左:温度 }\boldsymbol{T_L}\textbf{(熱い)}
  • \textbf{右:温度 }\boldsymbol{T_R}\textbf{(冷たい)}
  • “it from bit”
  • 物理的実体は情報から生まれる
  • ― J. ホイーラー(重力理論の研究者)
  • ロボット
  • 理論物理学の様々な場面で、
  • 悪魔
  • 情報理論との関係が
  • 意識されるようになってきた。
  • ひらめき
  • ホイーラー「it from bit」:物理的実体は情報から生まれる、とまで言われている。

まとめ:悪魔の正体は「情報のコスト」

この作品で見たことをまとめます。

段階起きたこと
設定温度 T のガスの箱に、穴の空いた仕切り板、扉とスイッチ、穴の近くに悪魔
より分け右から来た速い分子は左へ、左から来た遅い分子は右へ通す
温度差左に速い分子、右に遅い分子が集まり、T_R < T_L
圧力差状態方程式から p_R < p_L。仕切り板に力 F = (p_L - p_R)S
仕事仕切り板を滑らせて紐をつなぐと、重りを持ち上げられる
矛盾熱だけから仕事を取り出した=第二種永久機関。第二法則に反する
答え悪魔は情報を扱っている。記憶を消すには熱を捨てる必要があり、それまで数えれば第二法則は守られる

悪魔は、何も力を使わずに分子をより分けているように見えました。でも実際には、「見分けて、覚えて、忘れる」という情報の仕事をしていて、そこに物理的なコストがかかっていたのです。

  • 物理と情報のはなし ― マクスウェルの悪魔
  • 19 / 19
  • まとめ:悪魔の正体は「情報のコスト」
  • \textbf{左:温度 }\boldsymbol{T_L}\textbf{(熱い)}
  • \textbf{右:温度 }\boldsymbol{T_R}\textbf{(冷たい)}
  • 流れのおさらい
  • ① 同じ温度 T のガスに、穴と扉と悪魔
  • ② 速い分子は左へ、遅い分子は右へ
  • \textbf{③}\enspace\ \boldsymbol{T_R < T_L}\textbf{、}\boldsymbol{p_R < p_L}\textbf{ で力 }\boldsymbol{F}\textbf{ が出る}
  • ④ 仕事が取り出せる=永久機関?
  • ロボット
  • ⑤ 記憶を消す熱まで数えれば、破れない
  • 悪魔
  • 速い分子
  • 遅い分子
  • ひらめき
  • より分けるには情報が要り、情報を消すには熱が要る。第二法則は守られていた。

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